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久蔵殿が怪しい賊相手の啖呵の中で持ち出した、
○○大学工学部の大学院所属、神田講師というのは、
いつぞや久蔵お嬢様と見合いをし、
とんでもない逃走劇を繰り広げたお兄さんのことで。
こちらは、あくまでも
メインクーンのくうちゃんが警戒を見せたことへ留意してという方向から、
そのお人へ連絡を取りの、専門筋へと現物を持ち込み。
それで明らかになったのが、今回の一件に持ち出されたとある研究で。
不法侵入者の片割れ、偉そうだった女性が言っていた、
“此処までおいでくん”とやら。
微細ながらも結構長々と拡散されずに居残るという特殊なナノ物質を
一定間隔で撒くことで、移動させられる物資を後追い出来る…とかいうのだが。
『ああ、それはね。
例えば体内に取り込まれた物質の移動を調べたりするのへ
応用出来ないかという方向の研究から出たものなんだが。』
チェックを入れたという担当の教授によれば、
そのナノ物質というのに問題がなくもなく。
人体への影響を考えると、体内取り込みという分野へは使えそうにないらしい。
空中散布された農薬の移動の実態なんぞに使えるかな、
いや、その物質の濃度設定が結局は問題なんじゃあないかと。
そんな訳で専門の畑ではボツとなった代物だが、
「こんなくだらないことへの応用、
思いついたのが、果たして誰だったやら。」
体内でなけりゃあ害はないと、誰が承認したものか。
そんな中途半端な代物を、
恐らくは金欲しさから闇で売り飛ばした輩がいたようで。
「実際に思いついての、研究した人本人じゃあないとのことですが。」
むしろそのお人にはいい迷惑だったでしょうねと肩をすくめた三人娘。
そういう専門分野へも、確認を取りに行けるのがおっかないと、
佐伯刑事が乾いた笑みを浮かべたところへ、
「それと…。」
彼女からいいように丸め込まれてしまった、
一子さんのお友達の、
何だかいい匂いがしたようなという証言にも
チェックを入れていたらしき彼女らで。
「あれですね、
催眠とまではいかないけれど、
相手を安心させる効果の出やすい、
しかも揮発性の高いフレグランスを使ったんだと思います。」
香水かアロマオイルかを、
ハンカチか自分の服の袖口あたりへ染ませておいて、
相手のお顔の回りへさりげなく持ってったんでしょうね。
セラピーでの暗示療法なんかにも、
アロマを使ってリラックスさせるのは基本とされておりますから、
微妙に麻薬のような成分も加えてあったなら、
免疫のないお嬢様ならイチコロだったでしょうよと。
「…妙なことへも詳しいな、ヘイハチ。」
「だからって誤解してもらっては困りますよ?」
ややもすると訝しげな眇目になった勘兵衛に、
クギを刺すよに じろりと睨まれても一向に動じないまま、
「ネットでの情報収集していると、
そういう善からぬ知識というものも、
真偽はともかくドッと目にすることになるんですよ。」
ひところ、目薬をお酒に混ぜて飲ませて
女性を口説くおバカな手口がはやったって言うじゃないですか。
お主、本当にまだ十代か?
などという、微妙なやりとりを続けられるひなげしさんには、
共に事情を聴いていた佐伯刑事もただただ感服するばかり。
内容もだが、それよりも、
貫禄のおありな島田警部補に、やや本気でじろりと睨まれて動じない、
それも十代の少女なぞ、まずもって誰にも想像出来ぬ存在だからで。
単なる街角でのすれ違いなんかじゃあない、
警視庁の捜査課というおっかない場所で、
犯罪がらみの真摯な聞き取りの最中になのだのに。
それも、泣く子も黙るとその気魄でも有名な鬼警部補、
冗談抜きに、現場での乱闘もまだまだこなしておいでな、
バリバリに現役の、おっかない性根をなさってるタフなお人だというに。
たじろぎもしないお嬢さんていたんだねぇと、
“今時の女子高生ってワケでもないのにねぇ。”
礼儀知らずで怖いもの知らずな、
ちょっぴりハイパーなお嬢さんでもない。
躾けも行き届いており、様々なことへの見識も深く、
それより何より、普通一般以上の“蓄積”を持つ彼女だからこそ。
その上にこういう度胸もあるなんてねと、
あらためて感嘆に堪えなかった彼らしかったのだけれども。
「今、私たちが気になっているのは、
彼女が朦朧とさせられてしまったその作用、
単なるアロマだけでの効果と思えないという点です。」
一応の聞き取りは済んだとし、
向かい合いの場も最上階の喫茶サロンへと移しており。
ここからはオフレコという形での語らい合い。
言質は取らぬという了解の下に、
気になるところをやり取りしていた彼らであり。
これは白百合さんが、やはり真摯な表情のままで口にした一言には、
さすがに単なる傍観者でもいられず、
征樹殿もまた うんと大きく頷いている。
無論、島田警部補も
そちらへの思案からという憂慮を滲ませた重々しい表情で、
しっかりと顎を引いていて。
「ああ。
供述から、脱法ハーブらしいと睨んで、
四課に流通経路の追跡への協力を仰いでおるところだ。」
あのライター気取りの女、
どんな手段でも講じるのがプロだなぞと昂然と言うておったが、
犯罪に手を染めることへまで胸を張ってどうするかと。
ことがどれほど重大なものかも、てんで理解せずにいたことへこそ、
憤怒のご様子でいる警部補ならしく。
「…とはいえ。」
思案のおりの癖のようなもの、
お髭をたくわえた顎を片方の手で支えるようにし、
大きな手で口許自体をも隠してしまってた警部補だったものが。
そこからひょいとお顔を浮かせての、ふふと小さく微笑って見せて、
「本来、このようなところで過ごしていては
いかん身の上ではないのか、お主ら。」
警視庁に顔パスで入れるような、常識外れの親しみようを
今更 言っている彼ではなかろう。
そして、そこまでを判っておればこそ、
「試験でしたら問題ありませんわ♪」
苦手教科は初日に集中しておりましたものと、
白々しくも ほほほと笑ったのがひなげしさんで。
「……………。(同上)」
ちなみに、今日の教科は二時限分しかなかったしと、
にんまり目許をたわめた紅ばらさん。
実は昨日のうち、榊せんせえへの牽制役ということで、
包みには異状なんて無かったことの報告がてら、
○○大学へ向かった、あとの二人からの注意を逸らす意味もあってのこと。
今日の教科の、世界史と生物の予習にお付き合いいただいたそうで。
『なんだ、生物と世界史でのテスト用の勉強なんて、
結句 暗記くらいしかなかろうよ。』
『〜〜〜〜。』
『ああ、判った判った。
そんな情けない顔をするんじゃない。
では、設問を出すから答えてみなさい。』
何ですよそれ、結構な至福を堪能したんじゃないですかと、
大学院から戻った二人からさんざん冷やかされたというおまけつきvv
そして、そしての真打ちの反応と言えば……。
「それより、早く帰してくださいませ、勘兵衛様。」
はい?
お膝においた手を見下ろしの、壁にかかった時計を見上げのと、
何にかそわそわと落ち着きなくしていた白百合さん。
選りにも選って、
愛しの勘兵衛様へ何てことを言い出しましたか、今…と。
その場に居合わせた全員が少なからずギョッとしたものの、
「だってあのその…。」
さすがに、その勘兵衛からも瞠目されたことで、
いやあのそのと口ごもったのも束の間、
「早く帰って、チョコの仕上がりの様子を見たいんですよぉ。」
「あ…っ☆」
「………。(そうだった)」
こんな騒動&期末考査も何のその、
きっちりと今日の“当日”のための支度も
各自で済ませておいでだった彼女ららしく。
「あ、ああ。まあ、なんだ。引き留めて悪かったな。」
あまりに想定外だったとはいえ、
思いがけない仔細に、何とも間の抜けた応じを返した勘兵衛だったものの。
そんなお言いようを差し向けられた七郎次、
「いえあの………。////////」
切羽詰まっての勇んだ直後とは思えぬような、
打って変わった含羞みようで、
後でメールしますねと、小さなお声で告げた白百合さんだとあって。
恋するヲトメらってのは、怖いものなしの最強版じゃあなかろかと、
改めて思い知ったる、刑事さんたちだったのは言うまでもありません。
〜Fine〜 12.02.12.〜02.13.
*華やか甘いイベントをからませたつもりが、
結果、ややこしいお話になっちゃってすいません。
しかも、肝心な聖バレンタインデーの部分はなかったし。
つか、そっちは間に合えば明日書きますということで堪忍です。
めーるふぉーむvv


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